次の積分の値はどうなるでしょうか? \[\lim_{n\to\infty}\int_0^1\int_0^1\cdots\int_0^1\left(\frac{n}{x_1+x_2+\cdots +x_n}\right)^3 dx_1 dx_2\cdots dx_n\] 答えを先に言ってしまうと\(8\)になります.しかし,\(n\)重の積分を直接計算するのはなかなか大変です.どうやって証明すれば良いでしょうか?
1 直感的な解釈
厳密な証明に入る前に,この\(n\)重積分が何を意味しているのか考えてみましょう.被積分関数の中にある\(\displaystyle \frac{x_1+x_2+\cdots +x_n}{n}\)の部分は\(x_1,x_2,\ldots,x_n\)の平均を表しています.よって,\([0,1]\)上の一様分布に従う独立な確率変数\(X_1,X_2,\ldots,X_n\)を考えたとき,\(n\)重積分は標本平均\(\overline{X}_n\coloneqq \displaystyle \frac{X_1+X_2+\cdots +X_n}{n}\)の逆数の3乗の期待値を表していることになります.すなわち, \[\int_0^1\int_0^1\cdots\int_0^1\left(\frac{n}{x_1+x_2+\cdots +x_n}\right)^3 dx_1 dx_2\cdots dx_n=E[\overline{X}_n^{-3}].\] \(n\to\infty\)としたときのこの極限を求めたいわけですが,\(\overline{X}_n\)自体の極限は,大数の法則により\(\displaystyle\lim_{n\to\infty} \overline{X}_n =\frac{1}{2}\) a.s.と簡単に分かります.では,ここで何も考えずに \[\lim_{n\to\infty} E[\overline{X}_n^{-3}]= E[\lim_{n\to\infty} \overline{X}_n^{-3}]=8\] とやって,「これが答えだ!」として良いでしょうか? 実はこの等式は結果的には正しいのですが,数学的な議論としては問題があります.期待値は積分です.つまり,ここで積分と極限の順序を勝手に交換してしまっていることになります.一般には積分と極限を入れ替えると値が変わってしまう可能性があるため,積分と極限が交換できる根拠が必要になります.
2 大数の法則による証明
前述の直感的な解釈をそのまま正当化しようとすると,次のような証明になるでしょう.積分と極限が交換できる根拠として一様可積分性を使います.
Proof. \(n\)に関する極限をとるので最初から\(n\geq 4\)として考える.\([0,1]\)上の連続一様分布に従う独立な確率変数の列\(X_1,X_2,\ldots\)の\(n\)番目までの平均を\(\overline{X}_n\coloneqq \displaystyle\frac{X_1+X_2+\cdots+X_n}{n}\)とおく.このとき, \[I_n\coloneqq \int_0^1\int_0^1\cdots\int_0^1\left(\frac{n}{x_1+x_2+\cdots +x_n}\right)^{3}dx_1dx_2\cdots dx_n=E[\overline{X}_n^{-3}]\] と書ける.大数の強法則より\(\overline{X}_n\to E[X_1]=1/2\) a.s. (\(n\to\infty\))である.よって,\(x\mapsto x^{-3}\)の\(x=1/2\)における連続性から,\(\overline{X}_n^{-3}\to 8\) a.s. (\(n\to\infty\))である.
次に,\(\{\overline{X}_n^{-3}\}_{n}\)の一様可積分性を示す.そのためには,ある\(p>1\)に対して,\(\{\overline{X}_n^{-3}\}_{n}\)が\(L^p\)空間で有界であることを言えば十分である.\(p>1\)を何か一つとり固定する.相加平均・相乗平均の関係より, \[\begin{align}
& \int_{[0,1]^n}\left(\frac{n}{x_1+x_2+\cdots +x_n}\right)^{3p} dx_1dx_2\cdots dx_n \\
&\leq \int_{[0,1]^n}\left(\frac{1}{\sqrt[n]{x_1x_2\cdots x_n}}\right)^{3p} dx_1dx_2\cdots dx_n \\
&= \left(\int_0^1 x^{-3p/n}dx\right)^n=\left(\frac{1}{1-3p/n}\right)^n\to e^{3p}<\infty\;\;\;(n\to\infty).&
\end{align}\] これで(\(n\)が十分大きいところでの)\(L^p\)空間における有界性が示されたので,\(\{\overline{X}_n^{-3}\}_{n}\)は一様可積分である.
一般に,概収束列が一様可積分であれば\(L^1\)収束するので,\(\{\overline{X}_n^{-3}\}_{n}\)は\(L^1\)収束し, \[\lim_{n\to\infty}I_n=\lim_{n\to\infty} E[\overline{X}_n^{-3}]=E[\lim_{n\to\infty} \overline{X}_n^{-3}]=E[8]=8.\] ◻
ここでは大数の強法則(概収束)を使っていますが,「一様可積分な確率変数列が確率収束すれば\(L^1\)収束する」という事実があるので,より弱い大数の弱法則(確率収束)とMann–Waldの連続写像定理を使っても同様に証明できます.大数の法則や一様可積分性の基礎については,適当な確率論の教科書を参照してください.
なお,非負値関数に対するトネリの定理またはフビニの定理より,直積空間\([0,1]^n\)上での積分と逐次積分の違いについてはこの場合特に気にする必要はありません.
こういった測度論や確率論の抽象的な道具が具体的な計算に応用できるのはおもしろいですね.
3 中心極限定理による証明
大数の法則ではなく中心極限定理を使うという手もあります.
Proof. \(X_1,X_2,\ldots\)を\([0,1]\)上の連続一様分布に従う独立な確率変数の列とする.\(\displaystyle\frac{X_1+X_2+\cdots+X_n}{n}\)の確率密度関数を\(f_n\)とすると,\(\displaystyle I_n=\int_0^1 \frac{1}{x^3}f_n(x)dx\)と書ける.また,中心極限定理より,\(f_n\)は超関数として\(1/2\)に台をもつディラックのデルタ関数\(\delta_{1/2}\)に収束する.\(0<\varepsilon<1/4\)に対し,\(\rho_\varepsilon(x)=1\) (\(|x| \leq \varepsilon\)), \(\rho_\varepsilon(x)=0\) (\(|x|\geq 2\varepsilon\))であるような関数\(\rho_\varepsilon\in C^\infty(\mathbb{R})\)をとる. \[\int_{(0,\infty)}\frac{1}{x^3}(1-\rho_\varepsilon(x))f_n(x)dx\to \langle \delta_{1/2}, (1-\rho_\varepsilon(x))\cdot x^{-3}\rangle=8\quad (n\to\infty).\] また,\(\varepsilon\to +0\)のとき,\(n\geq 5\)に関して一様に\(\displaystyle\int_{(0,\infty)}\frac{1}{x^3}\rho_{\varepsilon}(x)f_n(x)dx\to 0\). 従って,\(\displaystyle \lim_{n\to\infty}\)と\(\displaystyle\lim_{\varepsilon\to +0}\)は交換でき, \[\begin{align}
\lim_{n\to\infty}I_n &= \lim_{n\to\infty}\lim_{\varepsilon\to +0}\int_{(0,\infty)}\frac{1}{x^3}(1-\rho_{\varepsilon}(x)) f_n(x)dx \\
&= \lim_{\varepsilon\to +0}\lim_{n\to\infty}\int_{(0,\infty)}\frac{1}{x^3}(1-\rho_{\varepsilon}(x)) f_n(x)dx = 8.
\end{align}\]
超関数としての収束の代わりに測度の弱収束を使うこともできます.その場合,ディラックのデルタ関数に相当するものはディラック測度となります.
4 変種
実は同様の証明により,任意の連続関数\(f:[0,1]\to\mathbb{R}\)に対し, \[\label{f1}\tag{f1}
\lim_{n\to\infty}\int_0^1\int_0^1\cdots\int_0^1 f\left(\frac{x_1+x_2+\cdots +x_n}{n}\right) dx_1 dx_2\cdots dx_n=f\left(\frac{1}{2}\right)\] であることも分かります.また,算術平均(相加平均)ではなく幾何平均(相乗平均)を使うと, \[\label{f2}\tag{f2}
\lim_{n\to\infty}\int_0^1\int_0^1\cdots\int_0^1 f\left(\sqrt[n]{x_1 x_2\cdots x_n}\right) dx_1 dx_2\cdots dx_n=f\left(\frac{1}{e}\right)\] が得られます.これらは被積分関数が有界であるため,一様可積分性が自明となり,むしろ先程と同様の証明がより簡単にできます.
これらはワイエルシュトラスの近似定理によっても証明することができます.まず自然数\(k\)に対して\(f(x)=x^k\)のときに等式を示します.幾何平均を使った式[f2]の方は \[\begin{align}
&\phantom{=}\int_0^1\int_0^1\cdots\int_0^1\left(\sqrt[n]{x_1 x_2\cdots x_n}\right)^k dx_1 dx_2\cdots dx_n \\
&=\left(\int_0^1 x^{k/n}dx\right)^n = \left(\frac{n}{n+k}\right)^n \to e^{-k}\quad (n\to\infty)
\end{align}\] となり簡単に証明できます.算術平均を使った式[f2]の方は少し計算が複雑ですが,多重指数\(\alpha=(\alpha_1,\alpha_2,\ldots,\alpha_n)\in\mathbb{Z}_{\geq 0}^n\)を用いた多項展開 \[\begin{align}
(x_1+x_2+\cdots +x_n)^k&=\sum_{|\alpha|=k}\left(\begin{array}{c} k\\ \alpha\end{array}\right)x^\alpha \\
&= \sum_{|\alpha|=k,\max_i \alpha_i=1}\left(\begin{array}{c} k\\ \alpha\end{array}\right)x^\alpha+ \sum_{|\alpha|=k,\max_i \alpha_i>1}\left(\begin{array}{c} k\\ \alpha\end{array}\right)x^\alpha&
\end{align}\] において,最右辺第1項の係数の和が\({_{n}}C_k\cdot k!\),最右辺第2項の係数の和が\(n^k-{_{n}}C_k\cdot k!=O(n^{k-1})\) (as \(n\to\infty\))であることから, \[\begin{align}
& \phantom{=}\int_0^1\int_0^1\cdots\int_0^1\left(\frac{x_1+x_2+\cdots +x_n}{n}\right)^k dx_1 dx_2\cdots dx_n \\
=&\frac{1}{n^k} \sum_{|\alpha|=k,\max_i \alpha_i=1}\left(\begin{array}{c} k\\ \alpha\end{array}\right) \int_0^1\int_0^1\cdots\int_0^1 x^\alpha dx_1 dx_2\cdots dx_n +O(n^{-1}) \\
=&\frac{1}{n^k} \sum_{|\alpha|=k,\max_i \alpha_i=1} k!\prod_{i:\alpha_i=1}\int_0^1 x_i dx_i +O(n^{-1}) \\
=&\frac{1}{n^k} \sum_{|\alpha|=k,\max_i \alpha_i=1} k!\left(\frac{1}{2}\right)^k+O(n^{-1}) \\
=&\frac{1}{n^k} {_{n}}C_k k!\left(\frac{1}{2}\right)^k+O(n^{-1}) \\
\to& \left(\frac{1}{2}\right)^k\quad (n\to\infty)
\end{align}\] となり,成り立つことが分かります.\(f\)が非負整数冪の場合が証明できると,積分の線形性により,線形結合をとることで,\(f\)が多項式関数の場合にも成り立つことが分かります.さらに,ワイエルシュトラスの近似定理より,閉区間上の連続関数は多項式関数で一様に近似できるため,一般の場合にも式[f1], [f2]が成り立つことが分かります.
5 まとめ
いかがだったでしょうか? 測度論的確率論は理論的・概念的なもので具体的な計算には向かないと思われがちですが,測度論的確率論を一見確率とは無関係な積分計算に応用することができました.抽象的なことでも知っておくと意外な場面で見える世界がぐんと広がりますね.